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最高裁判所第一小法廷 昭和29年(オ)930号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔要旨〕民法四一六条二項に基く損害賠償の請求がなされた場合に、債務者において、債権者が第三者から手附を受け取つたことを知つていたときは、手附倍戻しの特約がなされていたことを知らなかつたとしても、債務者は手附の倍額を償還して契約を解除するに至るかも知れぬことを予見していたものというべきである。

〔説明〕甲は本件宅地を所有し、地上に土蔵を所有していたが、昭和二六年一〇月土蔵を、同年一二月限り他に移築する約定で乙に売り渡した。そして甲は、乙が右約定を履行することを期待して同年一一月丙に対し、右宅地を昭和二七年一月限り更地にして引渡す約束の下に売り渡し、手附として一八万円を受け取つた。甲丙間の売買においては手附損倍戻の特約がなされていたが、乙が約旨を履行しないため、甲も丙に対して約束を果すことができず、結局右売買は丙により解除せられ、甲は受け取つた手附の倍額を償還すべきところを三〇万円にまけて貰つて支払つた。本訴において、甲は乙に対し、三〇万円から手附の一八万円を差し引いた一二万円の損害賠償を請求する。原審は証拠により、甲が一八万円の手附を受け取つたことを、乙において知つていたと認定し、甲の請求を認容した。上告論旨は、乙が民法四一六条二項の損害賠償義務を負うためには、違約金契約があることを知つていなければならないが、乙がかかる事実を認識していた証拠は一つもないと云う。これに対して判旨は、一般に手附といえば、特約がなければ解約手附とみらるべきものであるから、乙としてはたとい右売買契約において手附倍戻しの特約がなされていたことを知らされなかつたとしても、乙が甲に対する義務を履行しないため、甲が丙に対する契約上の義務を履行することができず、やむなく受け取つた手附の倍額を償還して契約を解除するに至るかも知れぬことを当然予見していたものということができる、として論旨を排斥した。ところで手附といえば、特約がなければ解約手附と観らるべきものであることは、一般に承認されているところ(末川、手附「所有権契約其の他の研究」所載一七六頁)であるから、乙が手附の授受を知つていた以上、丙が手附を放棄し又は甲が手附の倍額を償還して契約を解除するかも知れぬことは、当然に予見していたものと云うべく、この限りにおいて判旨が正当であることは疑ない。ところで本件においては、甲が手附の倍額を償還して契約を解除したのではなく、丙が甲の債務不履行を理由に契約を解除し、甲が損害を賠償しているのであるから、判旨は事実に一致せず、いささかずざんであつて、説明も足りないが、結論においては変りはないであろう。次に本件の解除は、特約による解除なのか、法定解除なのかが原判示からは明らかでない。民法五五七条又は特約による解除ならば、甲が丙に賠償すべき額は、受領した手附の倍額であるが、法定解除によるものならば、賠償すべき額は因つて生じたすべての損害に及ぶべく、手附の倍額に止まるものではない(大七・八・九、民録一五七六頁)。そしてまた特別事情に基く損害賠償の範囲は、右特別事情ヨリ事物自然ノ性質ニ従ヒ通常生ズベキ損害ニ限ルモノと解すべきである(昭四・四・五、民集三七三頁)が、甲の請求する損害額は一二万円であるから、甲の予見した事情から見て通常生ずべき損害であるということができる(我妻、七四頁、柚木、上一五三頁)。

なお、予定の時期については、債務の履行期までと解すべきである(大七・八・二七、民録一六五八頁、我妻、柚木、同頁)。然るに原判示によれば、甲が手附を受け取つたことを乙が知つた時期は明らかにされていない(証拠上も、一八万円受け取つたことは乙に話したという証言があるだけである)。審理不尽理由不備というべきであるが、論旨となつていないので、判旨はこれを不問に附したのであろう。

(三淵調査官)

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